なぜ、事例探しは“やりっ放し”になるのか?|事例探しの「課題マップ」と「スキルマップ」
はじめに
株式会社cross-Xの古嶋です。DX戦略の立案やデータ・AI活用の支援をしています。
今回は、「事例を探すこと」について記事を書きたいと思います。
仕事柄、クライアントから事例を求められることが多く、事例を用いながら議論をすることが頻繁にあります。
この点、私自身は事例探索や事例を活用した議論がそもそも好きなので、情報収集をいつも積極的に進めています。何か議論をしている際、事例をうまく使ってコミュニケーションすると、ぐぐっと議論が前進するような場面を何度も経験してきました。
一方、クライアント側では、事例探索に使える時間がなかなか取れなかったり、そもそも事例の探し方や活かし方への十分な訓練を積めていなかったりという理由で、議論に説得力を持たせることが不十分な場面をしばしば見かけます。特に若手の方々は、事例を活かした議論が苦手のようです。
たまに、そもそも事例を探すことをしないまま「何か事例無いですか?」と無邪気に聞いてくる方もいますが、これはまた“別の観点”で課題がありそうです。
事例を調べないとはつまり、「自分が関わっている実務に詳しくなろうとしていない」ということです。これはそもそも問題ですね。単なる不勉強ですし、情報収集は、そもそもビジネスの基本中の基本です。
シニアな段階になってくると「知らない」ことで冷や汗をかく場面に少なからず出くわします。そのときに「知っているかどうか」は、それまでの過去の行動の蓄積次第、つまり自分次第です。
自ら情報を集めず、誰かから都合よく答えを引き出そうというような「省エネマインド」のままだと、ビジネスパーソンとしての成長曲線から大きく外れることになります。最近は若手の担当者でこのようなマインドの方とたまに会うことがありますが、その方の将来を考えると、かなり危険だな、と思ってしまいます。
事例探し、すなわち「リサーチ業務」は、コンサルティング会社では新卒/若手の「登竜門」的業務に位置づけられます。そこでジュニアメンバーは徹底的に鍛えられ、一人前のビジネスパーソンへと成長します。なぜなら、「事例探し」はビジネスで求められるあらゆるスキルが包含される、まさに総合格闘技のようなミッションだからです。
事例の扱い方次第で、ビジネスの意思決定は大きく変わるだけでなく、関わる人材の「成長曲線」が大幅に変化します。そのような成長を遂げる優秀な若手メンバーをたくさん見てきました。逆に、事例探しが苦手なままでも成長できたメンバーは、私自身はほとんど見たことがありません。
一方、最近はBingにGPT-4の機能が搭載され、事例探索が格段に楽になりました。これは大いに歓迎すべきことであり、私も毎日のように活用しています。例えば、金融業界におけるエンベデッドファイナンスに関する事例を調べようと質問したら、参照リンクを添えて回答してくれます。
しかし、このような便利な探索ツールが誕生しても、その情報を活かせるかどうかは自分次第です。そもそも事例を活用して何かしらの主張をするスキルが不十分であれば、いくら良い事例が見つかったとしても、それを活かすことは困難です。
では、事例を探したり、活かしたりするためにはどのようなスキルが必要となるのでしょうか?以降、この点を掘り下げていきたいと思います。
そもそも「事例を探す」とは?
そもそも、事例を探す「目的」とは何でしょうか?
私の見解は、「意思決定をすること」です。ビジネスの大方針から事業機会の模索、システムの仕様決定、予算配分、ベンダー選定など、大小様々な粒度の仕事において、ビジネスでは「妥当な結論」が求められます。その際、無知な状態のまま感情的・感覚的な意思決定をすることが危険なことは、詳細を語らずとも言うまでもないことです。この意思決定の妥当性を担保するための情報の一つが、事例です。
しかし、その「事例探し」という業務が散漫的に行われ、煩雑な業務の末に、作られた資料が“イチ参考情報”程度の扱いに終わり、役に立ったのかどうかの評価もされないまま社内フォルダに眠り続ける様子を、私は数え切れないほど見てきました。
事例を探すという仕事は、以下のようにかなり“カジュアル”な形で進むことが多いです。
- 新しく出た技術を活用した事例を調べる
- 新しい事業領域での他社事例を調べる
- 自分たちのやりたいことに似ている事例を調べる
この点、一般的に事例を探すという作業が「取り敢えず情報をGoogle検索などで拾い上げていく」といったことを想定されているため、このような状況になるのだと思われます。
しかし、実際に事例を探し始めると、このような形で進めるとほとんどの場合でうまくいかないと思います。もちろん、運良くピッタリの事例が見つかることもありますが…。
前回の記事で、課題解決に用いる以下のフレームワークについて、かなり詳細に解説しました。事例探しの実務では、まさにこの考え方が重要となります。
先程も述べた通り、事例を探すことの目的は「意思決定をすること」です。このフレームワークにおいて、「現状はこうなっている」「将来像はこうあるべきだ」「ここが課題とすべきポイントだ」という主張をするために、論拠として提示するための情報の一つが事例です。であれば、事例を探す「目的」が明確でなければ、その情報が効果を発揮することはありません。
ですので、事例を探す際は、「その事例は、何の意思決定をサポートする情報なのか?」を明確にすることが不可欠です。そこがあやふやなまま、何となく“イイ感じ”の事例がないかというスタンスで事例を求めていては、いつまで経っても「情報を活かす力」は身に付かないでしょう。
なぜ、事例探しは“やりっ放し”になるのか?
では、具体的に事例を探す場面を想定します。事例探しの実務は、大きく分けて
- 事例探しの開始
- 事例探し中
- 事例探しの結果報告
の3つのステップに分かれると思います。この3つのステップで生じる課題をマップ化すると下図のようになると考えられます。もちろんこれが全てではないですが、典型的かつ頻出の課題は表現できていると思います。
以下、各ステップごとに解説します。
事例探しの開始
事例探しの実務が非生産的になる根本的要因は、事例探しの開始段階にあります。
事例探しでは、調査の依頼主と調査担当がいるかと思いますが、ここで、目的不明瞭なまま、仕事の受け渡しが行われることがあります。
例えば、仕事を依頼する側では、以下のような問題があります。
- よくわからない/知らないから”良さそうな”事例を探してほしい
- わからないことをお願いするので適切な期限設定をしていない
- 調査をお願いする人にかかる業務負荷が想像出来ない
このように、「取り敢えず調べておいて」という指示を出すケースをしばしば見かけますが、これだと調査を担当する側は大変なことになります。例えば以下のような問題が起きます。
- 他の業務があるなかで、 調査業務が追加でのしかかる
- 目的不明瞭な指示のため、調査開始の取り付く島がない
- 調査業務と他の業務の双方の優先順位が付けられず、後回しに
ここまでの内容を整理すると下図の通りです。
目的が曖昧なままだと、依頼主も調査担当も良くわかっていないことを調べることになります。それはどう考えても難しいでしょう。結果、闇雲にデスクトップリサーチをすることになり、調べた結果も対して参考にならず、時間だけが過ぎてしまったというケースは、読者の方々にも身に覚えがあるかもしれません。
この点、依頼主と調査担当の双方では以下のようなスキルが求められるでしょう。
- 依頼主
- 調査の目的を明確に定める。そのために、例えば経営・事業戦略の背景や狙いを深く理解しておく
- 依頼事項を言語化する。依頼したいことが曖昧であれば、依頼事項を言語化できる程度までは少なくとも自分自身でインプットする。分からないことは依頼できない。
- ストーリーを設計する。事例を活かしてどのような主張をしたいのか、主張全体の骨格をあらかじめ作っておく。これは調査担当に依頼する際にも役に立つ。
- 調査担当
- 依頼事項を理解する。依頼された内容への理解があやふやなまま仕事を受け取ってはいけない。依頼内容を理解できるまで十分な質疑応答を行う。
- 論点を整理する。依頼内容の目的を達成するためには、どのような情報があればよいのかを明確にする。この際、依頼主と一緒に「何を調べるか」について明確に認識合わせをしておくことで、調査実施後のズレを防ぐ。
- タスクを設計する。依頼された調査を完了させるために必要なタスクを洗い出し、タスク完了までの期限を設定する。この際、依頼主との間でタスク内容と期限の合意を得ておくことで、追加調査の発生や期待値のズレを防ぐ。
このように、事例探しの開始時点での実務は、プロジェクト企画に似ています。目的を定め、タスクを洗い出し、期限を決めて、認識を揃えて進める、という流れはプロジェクト企画そのものと言っても良いでしょう。
事例探し中
事例探し真っ只中においても、実務を非生産的にしてしまう状況はたくさんあります。例えば、調査の依頼主側では以下のようなことが起こります。
- 調査依頼後、仕事に変化が起きて、依頼した事例の必要性が下がる
- 依頼した事例の必要性が急に高まり、期限短縮を突然要求
- そもそも事例探しを依頼したこと自体を忘れる
依頼主側は他にも数多くの仕事を抱えていることが通常であり、上記のようなことが起こっても仕方がないかもしれません。とはいえ、それを受け取っている調査担当からすると、大きなストレスとなってしまうでしょう。このステップでの調査担当側では以下のようなことが起こります。
- そもそも事例探しのスキルや経験が少なく、進め方が分からない
- 依頼事項に該当しそうな事例が全く見つからない
- 事例探しの最中に上司からの要望変更/追加依頼が発生し、高負荷に
1つ目のケースは特に若手の担当者に多いと思います。スキルや経験の不足から、例えば重要な調査にもかかわらず“まとめサイト”の記事を引用してしまっているようなケースです。
余談ですが、このような状況で「的確なフィードバック」を受けられている若手の方々が少ないように思います。調査内容に対して依頼主から取り敢えずダメ出しがされて「もう一回調べてみて」という指示だけでまた調査を開始したり、調査した結果にお礼だけ言われてそれっきり、だったりと、事例探しは淡白に終わりがちです。
まとめサイトではダメなら、具体的にどのような情報をリサーチすればよいのか、そもそも事例探しをどのようなタスク設計で進めればよいのか、探した事例をどのように編集して提示すればよいのか等々、若手に対して「模範」を示してあげることが、事例探しでは非常に重要なのではないかと思います。
2点目のような「事例が全く見つからない」状況も、調査をしていると出くわすことがしばしばあります。調査スキルが影響していることもありますが、探しても無ければ仕方がありません。一方、当然ながら「別の方法」を模索する必要があります。
3点目もよくあることでしょう。仕事の状況は目まぐるしく変わるため、調査依頼内容について変更の必要性が生じることは珍しくありません。
ここまでの内容を整理すると下図の通りです。
こういった状況では、依頼主との調整が不可欠です。ここを調査担当が抱え込んでしまうと、さらに実務が非生産的になってしまいます。事例を探している最中は、依頼主側と調査担当側の間で常に建設的なコミュニケーションが求められます。
この点、依頼主と調査担当の双方では以下のようなスキルが求められるでしょう。
- 依頼主
- フィードバックをする。事例探しの質を高めるために、調査担当に改善点を適切に伝えることが求められる。
- ラテラル・シンキング。調査担当側で適切な事例が見つからない場合、調査の目的を維持しつつ、活用すべき事例を柔軟に考察し、調査依頼内容を再定義する力が求められる。
- ストーリーを軌道修正する。事例探しの進捗状況に応じて、当初想定していた主張内容について目的を維持しながら適宜修正する。
- 調査担当
- 調査実務や調査ツールへのリテラシーを高める。そもそも調査の作法や調査ツールへの習熟度はリサーチした情報の質と量に直結するため、理解を深めておくことが求められる。
- 仮説思考と情報探索を反復する。依頼内容を踏まえ、どのような情報を探すべきか、その情報はどのようにアプローチすれば得られるか、得られた情報から何が主張できるか、といった思考と行動を反復しながら調査の品質を高めていくことが求められる。
- アウトプットを作る。調査結果を報告する際は文書やパワーポイントなどのアウトプット形式で議論することが望ましい。また、アウトプットを作ることで調査内容の妥当性を事前にセルフチェックしておくことが求められる。
事例探しの結果報告
このステップでも問題が多発しているように思います。例えば調査の依頼主側では以下のようなことが起こります。
- 事例を見ても、仕事にどのように活かしたらよいか分からない
- 調査結果が欲しい情報からズレている/使えない
- 結果、事例探しを再度依頼する
そもそもですが、依頼主側には「事例を活かすスキル」が求められます。つまり、事例を活用して自分が述べたい主張を適切な形で伝えるというスキルを持っていることが、リサーチを依頼する前提として必須です。そのスキルが無いまま調査を依頼しても、その後の実務にはほとんどインパクトがなく、調査担当は無駄働きをさせられただけになってしまいます。
また、事例探しを依頼している最中に、調査担当からの中間報告や都度コミュニケーションが無い場合、調査結果が期待値からズレたものになっていることがしばしばあります。業務進捗において常に目線をあわせて置かなければ、このステップで仕事がやり直しになります。
一方、調査担当側では以下のようなことが起こります。
- 提出した事例への評価が低く、再度やり直しになる
- 探した事例の妥当性/用途を提示出来ず、仕事が進まない
- 結局、調査結果は「補足資料」程度の扱いで、貢献度が低い
特にありがちなのが2点目です。ここでは調査担当のプレゼンテーションのスキルが強く求められます。調べた情報をただ説明するだけでなく、なぜこの情報が重要なのか、どのように活かすべきなのか、説得力のある説明ができなければ、受け取る依頼主側も、その情報を活用したいというモチベーションになりづらいでしょう。
繰り返しですが、事例探しの目的は「意思決定をすること」です。調査内容が意思決定の根拠に足りるかどうかは、調査内容の質も重要ですが、その情報を伝える力も同様に重要なポイントです。
ここまでの内容を整理すると下図の通りです。
この点、依頼主と調査担当の双方では以下のようなスキルが求められるでしょう。
- 依頼主
- フィードバックをする。調査結果を踏まえて、調査内容や調査スキルに対して改善を促すための適切な指示・指導が求められる。
- ラテラル・シンキング。調査結果をいかにして活かすか、十分に思考を凝らす。
- 生産性を高める。調査担当がアウトプット作成に費やした時間を最大限活用し、調査に費やした時間と労力の価値を高める。
- 調査担当
- プレゼンテーション。調査目的を達成するために、調査内容をしっかりと伝える。
- フィードバックを活用する。調査結果に対して得られたフィードバックを、追加調査や次回の実務で活かし、自身の実務の質を高めていく。
- リサーチタスクの再設計。得られたフィードバックをもとに、追加で実施すべきリサーチの進め方を設計し、依頼主と認識を合わせる。
ここで強調したい点として、調査担当に強く求められるのは「オーナーシップ」です。調査をするだけの作業担当ではなく、依頼主と同じ目線、同じ目的を持って調査結果を報告できるかどうかは、調査担当の力量にかかっています。
事例探しに求められるスキルとは?
ここまでの考察を踏まえると、調査の依頼主と担当者に求められるスキルは下図のとおりに整理されるかと思います。もちろんこれが全てではありませんが、おおよそ重要な観点が提示されているかと思います。
このように俯瞰すると、事例探しでは、実務において汎用性が高いスキルが広範囲に渡って求められる様子が伺えます。言い換えれば、事例探しというのは、その“取り組みやすさ”とは裏腹に、実は非常に難しいタスクの一つなのではないかと思います。
事例探しは、依頼側は何となく依頼しやすい業務ですし、担当者側も何となく対応しやすい業務のように見受けられます。しかし、実際にやり切るとなると難しく、結果として「調べただけ」になり、実務で活かされず、やりっ放しになってしまうような業務の典型のように思います。
一方、しっかりとやり切る訓練を繰り返せば、上図のようなスキルを横断的に身に付けられる非常に良い機会だと思います。
おわりに
事例探しの実務は、往々にして億劫がられて雑務のような扱いを受けている様子をしばしば見かけますが、このように考えるとスキルを鍛える格好の題材のように思います。特に若手のうちは、面倒がらず、むしろ主体的にリサーチをする姿勢と行動を実践しても良いのではないかと思います。
冒頭で申し上げたとおり、「リサーチ業務」は、コンサルティング会社では新卒/若手の「登竜門」的業務に位置づけられます。その理由はここまで述べてきたとおりです。もちろん、コンサルの実務で成果を出せることが無条件に良いことだとは全く思っていませんが、リサーチを通じて獲得できるスキルには、大いに価値があると思います。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。皆さまの実務において、何かしらのヒントになれば幸いです。