「課題解決スキル」の習得に、悩む必要は全くない|習得に向けた“心構え”を解説
はじめに
株式会社cross-Xの古嶋です。DX戦略立案・推進やデータ・AI活用の支援をしています。
本稿のテーマは、課題解決スキルの習得のに向けた“心構え”についてです。…課題解決の“心構え”とは、ちょっと妙な言い回しですよね。
昨今、課題解決スキルに関する解説記事や書籍は多数存在しており、かつ、長きに渡って高いニーズが示されています。実際、書店には課題解決系の書籍コーナーがあり、ベストセラーも定期的に誕生しています。
こういった情報ソースは非常に貴重であり、課題解決力を身につけるためには欠かせないでしょう。複数の記事や書籍に目を通し、特に自分に合った書籍を常に実務で参照しながら意識的に体得を目指していくことが重要だと思います。
ただし、こういった課題解決スキルの体得を目指す上で、絶対に欠かせない「心構え」があります。
それは、「課題解決スキルは、そう簡単に身につくものではない」ということです。
あまり語られていないところですが、本稿では、課題解決のスキルを身につける上で持っておくべき“心構え”について、実際に習得が求められるスキルに触れながら、解説していきます。また、課題解決スキルの具体的な習得方法についても紹介しています。
本稿を通じて、日々、課題解決スキルの習得に悩む方々の心を少しでも“軽く”できれば幸いです。
導入:課題解決で避けては通れない4つのプロセス
さて、課題解決に向けた思考や動作を抽象化すると、「何かを考えて意見を示す」というプロセスになると思います。このプロセスを考えたとき、その構成要素は次の5つとなるでしょう。
- 考察対象の理解・解釈:
考えるべき事象を特定し、その内容を理解する。 - 情報の想起:
考えるために必要な情報を記憶から引き出す。 - 情報の取得:
書籍やWeb、ヒアリングなどを通じて外部から情報を獲得する。 - 思考:
必要十分な情報をもとに、妥当だと考えられる結論を思案する。 - 意見の提示:
妥当だと判断した結論を、相手に伝わる形で示す。
以下、順に解説します。ここでは敢えて、「思考」のステップは除いて解説します。理由は、課題解決スキルの筆頭として挙げられがちなロジカルシンキングが対象とする「思考」のステップ以外でも、課題解決に必要なスキルがたくさん存在することを示すためです。
導入①:考察対象の理解・解釈
まず、「考察対象の理解・解釈」についてです。例えば、フィンテックやインシュアテックの分野におけるビジネスモデルを考える場合は、銀行法の改正や保険業法の変化などの法的変化、独特の商慣習など、業界特有の「知識」を前提として十分に持っていなければ、そもそも考察すべき対象を理解することすら難しいでしょう。仮にそういった知識なしに自由奔放に考えてしまうと、目も当てられないほどズレた結論を出してしまうことになります。
この点、この「知識」が軽視されているシーンをよく見かけます。業界動向を決定的に左右するような法規制の変化は、他にも不動産業界では宅建業法の改正など、さまざまな業界で起きています。また、昨今はデジタル化に向けた各社の取り組みが盛んにプレスリリースを賑わせていますが、こういった動向から市場環境の変化を読み取ることなく、イチから考察しようとする様子もしばしば見かけます。
こういった業界特有の知識を一定水準まで身につけるだけでも、実は相当な時間を要します。課題解決といえばロジカルシンキングが関連スキルとして想起されがちですが、ロジカルシンキングはそもそも知識が無ければ不可能です。人は知らないことを考えることはできませんし、分からない課題を解決することなどできません。
ここは重要なので繰り返します。課題解決やロジカルシンキングは、前提として十分な知識量が必須です。知識が浅く、狭いまま課題解決やロジカルシンキングに取り組んだとしても、成果を出すことはできません。
導入②:情報の想起または取得
次に、「情報の想起または取得」についてですが、「情報の想起」についてはまさに前ステップで触れた「知識量」が直接影響します。ここが足りないほど、情報取得のためのリサーチに必要な時間が膨らむのは当然のことでしょう。逆に、知識量が多いほど、このステップでの労力が減るのは自然なことです。
「物知り」を「頭でっかち」のような揶揄をしていたり、実務に詳しいことがかえってイノベーションを阻害しているといった趣旨の記事を見かけることもありますが、物知りであることは非常に貴重なスキルです。浅い知識で自由奔放に考えても、薄っぺらい、荒唐無稽なアイデアしか生まれません。
一方、「情報の取得」で求められるスキルの代表格は、リサーチ力です。情報収集では、そもそもどのような情報を集めれば良いのかという“仮説設定力”や、どのように質問をすれば得たい情報を得られるかという“質問力”が常に求められます。
また、デスクトップリサーチでは検索システムを使いこなすためのツールのリテラシー、調査パネルに対してアンケートを実施する場合は調査票の設計力や統計学の理解などの専門性が必要です。
上記はあくまで一例ですが、これらのスキルの有無は、得られる情報の質と量に直結します。
導入③:意見の提示
最後に、「意見の提示」についてです。これは口頭で示す場合もあればWord形式で文書で示したり、PPT形式などで可視化をした資料で説明するなど、さまざまな形式があります。
このステップでは、思考した結果を相手にわかりやすく伝えるためのアジェンダ設計、ストーリーラインの構築スキルが必須です。なぜなら、説明する内容の粒度や流れを適切に設計することは、相手に伝わる情報量に直結するからです。
また、PPTを作成する場合は、情報の構造化や可視化、デザインのためのスキルが求められるでしょう。資料品質が低いと、相手を「聞く姿勢」に変えることは難しいです。見づらい資料は、そもそも読む気がしません。
さらに、意見を提示する前の“前置き”として、会議招集する場合は参加者への事前インプット、特に期待値調整を適切に済ませるスキルも必要となるでしょう。ここがズレてしまうと、意見を提示する「場」が往々にして混乱し、非生産的な時間となりがちです。
加えて、このステップで極めて重要なのは「言語化」のスキルです。日本語として分かりづらかったり、複数の解釈をしてしまえる文章構成だったり、無駄な情報が含まれていたり、事実と私見が混在していたり、相手に分からない専門用語ばかりを並べてしまっていたりと、読み手・聞き手を混乱させる資料や説明のパターンはさまざまです。そうならないように、主張内容を的確に相手に届けるための「言語化」は、まさに論理的思考が強く求められる場面です。
以上のように、特に「意見の提示」のステップでは、実に様々なスキルが求められます。
導入④:課題解決スキルの習得は、中長期的な訓練が大前提
ここまでビジネスシーンで「意見を示す」ために避けては通れないプロセスを概観し、各ステップで必要となるスキルを例示しました。これらは「氷山の一角」であり、求められるスキルはもっとたくさん存在します。
繰り返しですが、課題解決を実現するためには、極めて複合的なスキルが求められます。
課題解決は、特定のスキルに習熟したら発揮されるものではなく、複数のスキルが一定水準を上回ったときに、ようやく相手に伝わる形で発揮されるものです。つまり、少なくともここまで提示したスキルをすべて、一定水準に達するまで鍛えてはじめて、十分なパフォーマンスを発揮するものです。
そこに至るには、長い年月を要します。実際、私も長きに渡って何度も壁にぶつかっては、二度と経験したくないほど自身のスキル不足に苦しんでいました。もちろん、今でも習得の途上であり、ビジネスと向き合うからには常に鍛え続けるべき力だと考えています。このスキルの習得に、終わりは無いでしょう。
しかし、そういった過去を経て強く思うことは、ここでの重要なスタンスは「焦らず、根気よくスキルと向き合うこと」だと思います。
意識的に取り組んでいても、いまいち身に付いているか分からない状態が続いたり、何度も指摘を受けて意気消沈したり、他にもっと有益な書籍や記事があるのではないかと闇雲に探索したりと、課題解決スキルは体得したという実感を得難いスキルの1つです。私自身の経験や、これまで指導してきた経験を振り返ってみても、一定水準の課題解決力に到達するには少なくとも2〜3年の年月を要します。
それより短期に習得出来る方は、本当に優秀な方だと思います。確かにそういった方もごくたまにいますが、極めて稀です。私はもちろん長い年月をかけましたし、今でも鍛える必要性を強く感じています。
ですので、課題解決のスキルがなかなか身につかない状況が続いても、「そういうものだ」と考え、気にしないことが大事かなと思います。とにかく気長に、根気よく、意識的に鍛え続けていくのが、課題解決スキルです。
…さて、前置きがかなり長くなってしまいました。ここからは、課題解決の際に典型的にたどる実務の流れを整理します。具体的には、社内外で「課題解決のためのプロジェクトを提案する」シーンを想定し、必要なスキルについて見ていきましょう。
1. 頻繁に出くわす「NG提案」と「あるべき提案」
実務で課題解決を目指す場合、多くのケースではプロジェクトを起案することになると思います。解決したい課題に対して、どのような解決策を実践していくべきか、議論と考察を重ね、場合によっては資料にまとめ、関係各所の承認を得て、チームを組成し、プロジェクトがスタートします。このプロセスでは、実に多くの課題解決スキルが求められます。以下、順を追って見ていきましょう。
1-1. 失敗する提案の典型的パターン
まず、そもそもプロジェクトを起案する際に決定的に問題があるパターンの一つが、以下の図で示しているような「課題“らしきもの”に対して、いきなり解決策“らしきもの”を提示する」というフローです。
このようなケースは、本当に頻繁に目の当たりにします。例えば以下のようなものです。
- 経営側からの意向があったから、データ活用を進めなければならない
- 他社に先を越されないように、AIを活用した業務を構築しなければならない
- 社内に存在する技術を使って、新規事業を作らなければならない
これらに決定的に欠けているのは「目的」です。まずは目的を定めることが大事だ、という話は実務でも散々飛び交っている意見ですが、実際の実務では目的が欠落した状態で(あるいは伝わらないままで)プロジェクトが始っている様子を非常によく見かけます。
詳細は後述しますが、この点については万能な処方箋はなく、とにかく課題解決の「目的を定める」ということを強く意識し、協議し、言語化するしかないと思います。実際にこの目的を定めるための協議や取りまとめを進めると非常に大変なのですが、それでもやり切る以外にありません。
この点、目的設定のための実務が億劫で、「言われたことを取り敢えずやっていれば、自分に責任はない」といったスタンスが透けて見えることすらしばしばあります。そのようなスタンスでは、課題解決スキルはいつまで経っても習得できないでしょう。
1-2. 提案を作る上で重要な“心構え”
では、提案の目的を定めるために必要なことは何でしょうか?この点は本稿の【2. 成功確度を高めるための提案設計プロセス】で詳述しますので、ここでは、提案を作る上で重要な“心構え”を示します。
先程、以下の流れを示しました。
提案内容を検討する上で欠かせないのに見落としがちなのは、提案を取り巻く周辺知識の獲得です。このフローで言えば、左から二番目の下側、「情報の取得」に当たります。この知識には、大きく3つの観点があります。
- 業界理解:
顧客/トレンドの変化、規制の変化、競合の動き、最新技術、最新事例、… - 業務理解:
中期経営計画、経営/事業戦略、顧客特性、バリューチェーン、KPI、組織構成、各担当者の権限/役割、実務の流れ、… - 現場理解:
実務における大小様々な状況、社内または顧客企業の経営/部署/現場ごとの状況、緊急度の高い事象、重要度の高い事象、…
そもそも業界全体の理解が浅く狭い状態だと、何を話したら良いかすら分かりません。また、業務への理解が狭く浅い場合、担当者の実務が理解出来ないので闇雲な会話が続いてしまうでしょう。さらに、現場について事前にある程度理解をしておかなければ、担当者の方とまともな議論ができません。
これらの知識が浅く、狭い状態のままでは、プロジェクト提案が通ることはまず無いでしょう。仮に通ったとしても、どこかで不備が露呈し、プロジェクトに大小様々な支障が生じるはずです。下図は私の経験則を整理したものですが、業界・業務・現場の3点について、ある程度広く、深く理解しておかなければ、適切な課題解決プロジェクトを起案することは困難です。
さて、それぞれの右下に「?」の箱があります。この状態、つまり「業界・業務・現場について広く、深く理解しているとは、どういった状態なのか?」を定義する必要があります。このゴールをイメージとして持つことが、知識を獲得する前提として必須です。逆に、この水準を具体的に掴むことができなければ、情報収集に傾倒してしまいプロジェクトの起案に至ることができなかったり、箸にも棒にもかからないような提案を繰り返してしまうのみでしょう。ですので、業界・業務・現場のそれぞれの知識獲得について、「ここまでやり切る」というレベルを設定することが極めて重要です。
例えば、業界・業務については市販の書籍で評価の高い書籍を少なくとも5冊は読み通す、社内で購入している業界レポートを過去3カ年分目を通す、といった具合です。そして、業界・業務への一定の知識を獲得したら、ある程度の「土地勘」がつかめているはずなので、現場理解のために関係者10名程度に1時間ずつヒアリングしていく、といった情報収集を進めていきます。直接のヒアリングが難しければ、複数人の専門家や実務経験者にヒアリングします。
ここでのインプットの質と量は、プロジェクト起案の成否を大きく左右します。しかし、この時点での情報収集が不十分な状態でプロジェクトがスタートしている様子をよく見かけます。特に、DXのようなITシステム、AI活用など高い専門性を必要とするテーマになった際、インプットの難易度が高まるためにプロジェクト担当者に大きな負担となりがちです。課題解決の確度は、関係者の協力や知見を取り入れながら、プロジェクト担当者が咀嚼し、理解を積み上げ、プロジェクトに落とし込む力量にかかっています。
1-3. 目指すべき提案のレベル
では、具体的にどのような提案ができる状態を目指すべきなのでしょうか?例えば、不動産業界について業界・業務・現場に関する議論を担当者と会話している際、提案における「ダメな例」と「良い例」を示すと、下図のようになるでしょう。ここに“正解“はありませんが、一読頂ければ、ある程度イメージを持って頂けると思います。
いずれの「良い例」についても、あくまで導入レベルの話題を取り上げているので、専門の方からすると不十分だと思われるかもしれません。ただ、ここでの主張は、“ダメな例”で示しているように、知識が不十分なまま提案をしてしまい、結果として相手からの信頼獲得に失敗しているケースが多いのではないか?ということです。
先程の【1-2. 提案を作る上で重要な“心構え”】で問題提起したのは、まさにこの「良い例」として、どの程度のレベルを目指してインプットをしていくか、ということです。
2. 成功確度を高めるための提案設計プロセス
ここから、さらに踏み込んでいきます。具体的な場面を想定しながら、社内メンバーや社外の顧客に「プロジェクトを提案する」ために必要なスキルについて見ていきます。まずは、課題解決のための本質的かつ根本的に重要なフレームワークを下図に示します。
これは、あらゆる課題解決に当てはまる強力なフレームワークであり、かつ、使いこなすためには相当な訓練を要するフレームワークです。特に重要なのは、図の左下に示している「現状」と、上部に示している「将来像」、その差分を示している「課題」の3つです。本稿の流れを踏まえると、「現状」と「将来像」は以下の意味を指します。
- 現状:
- 本稿の内容を踏まえると、業界・業務・現場に関する情報整理を指します。
- 将来像:
- 本稿の内容を踏まえると、そもそもプロジェクトを起案する「目的」を指します。
- 言語化された「目的」には、課題解決を実現した先に目指す姿、さらにその先に実現したい大きなビジョンを志向した意図が込められます。
- 他の社内の取り組みとの整合性や、単年度レベルの事業計画との整合性、さらには中期経営計画といった中長期の計画との整合性など、さまざまな取り組みと噛み合った状態を言語化する必要があります。そうでなければ、取り組み自体が浮いたものになってしまい、投資対効果が弱い活動となってしまいます。
この「現状」と「将来像」を比較した際、両者の差を広げてしまっていて、かつ解決の優先順位の高いものを、プロジェクトを通じて解決を目指す「課題」として定義します。この優先順位については、解決によるインパクト(売上増加への寄与度、コスト削減への寄与度など)や実現可能性(現状の組織力・アセットで対応可能か、など)などの観点から評価します。この点は後述します。
2-1. 現状:「可視化」を通じて理解を深化させる
まずは現状についてです。この点、先述の通り業界・業務・現場に関する十分な理解をするために、各種情報を収集・整理していきます。しかし、実務上ここで行き詰まりがちなのが「現場」理解です。
例えば、昨今はリモートワークの普及により、担当者間の直接の会話が大幅に減少しています。「HR総研:社内コミュニケーションに関する調査2022」(2022年1月)によると、社内コミュニケーションの障壁となる要因の第3位は「対面コミュニケーションの減少」です。さらに、「対面とオンライン、どちらが社内コミュニケーションがしやすいか」という質問において、「対面派」が前年度と比較して増加していることが分かります。この調査結果から、リモートワークよりも対面での仕事を好む人が増えていることが示唆されています。
テレワークやリモートワークは、部門ごとの業務特性によって適用の度合いが異なります。例えば、企画関連の業務はリモートでの実施が容易である一方で、情報システム部門や経理部門はシステムへのログインやセキュリティ対策などのためにオフィスでの勤務がよく見られます。そのため、重要な部門同士が十分に議論することが難しい状況がよく見られます。
このような状況では、例えば業務ヒアリングにおいて、リモートでの会話を通じて情報整理や認識の調整を行うことになりますが、これには非常に高度なスキルが必要とされます。そもそも、口頭で伝えられた内容が相手に正確に伝わることを前提としていると、後々問題が発生しがちです。
この点、ヒアリングを行うということは、業務について不慣れな部分が多いはずであり、「話を聞くだけ」で全体像や詳細を理解できるのは、相当優秀な方でないと難しいのではないでしょうか。
一方、先述のような公式なヒアリングだけでなく、フリースペースでの談笑やエレベーターでの偶然の出会いなど、“非公式”な場での会話も、重要な情報源となります。
「実はあのプロジェクトが順調ではなくて…」や、「最近入社した担当者が非常に優秀で…」などの情報は、非公式な場だからこそ共有される重要な情報です。このような貴重な情報にアクセスすることが、現在は偶然的にも困難であり、実際には実務の障壁となっているのではないでしょうか。
課題解決の実務では、情報が得られずに業務が停滞するケースが多発します。これを解決するためには、積極的に行動して情報を収集することが不可欠です。必要に応じてオフィスや現場で対面で一次情報を取得し続けるといった行動力は、プロジェクト担当者に最も求められる条件の一つであると、私は確信しています。
では、現場理解に向けて、具体的に何をすれば良いのでしょうか?例えば、現場理解のために現状のセールス活動についてヒアリングし、業務状況を整理する場面を想定します。ここで欠かせないのは、下図のように業務プロセスを可視化することです。
現状を整理する際、会話や文章だけで認識を完全に揃えることは極めて困難です。認識を揃えながら適切に業務の流れを理解するには、このような可視化が欠かせません。
また、このときに重要なのは、本稿の【2-3. 差分=課題:課題の目利きがプロジェクトの成否を決める】で後述しているとおり、業務プロセス上の「どこで課題が生じているのか」、可視化した図に追記していくことです。例えば、現状のセールス活動において、「広告施策の成果が見えない」「LPからの顧客情報が思うように取得出来ていない」「登録フォームに格納されている顧客情報が不十分」といった課題が挙がった際、それらが具体的に実務上のどのステップで起こっているのか、この業務プロセス上で明示することが重要です。なぜなら、課題を解決するために、プロジェクトのスコープを明確化する必要があるからです。
「現場理解」の時点では課題の分析は主たる目的ではありませんが、実際の議論では、この段階で担当者から課題に関する意見が少なからず出てきます。こういった情報を聞き流さないためにも、図上で認識を合わせながら整理しておき、課題分析のステップで活用する、という周到さが、プロジェクト担当者には求められます。
この可視化と議論を通じ、関係者の意識や目線がズレてしまうリスクを極小化することを目指します。プロジェクトには多くの関係者が巻き込まれることが通常であり、全員の認識を揃えるには大変な労力を伴いますが、ここで手を抜いてしまうと活動全体が散漫になってしまいます。関係者の方々の力を最大限発揮してもらうためにも、このような工夫が欠かせません。
2-2. 将来像:目的を定める力は、組織の「心理的安全性」が左右する
続いて、「将来像」についてです。
中小企業白書(2022年版)によれば、経営理念やビジョンの浸透が業績に影響している様子が伺えます。経営理念・ビジョンを明確にしている企業とそうでない企業とでは、労働生産性に大きな差が生まれていることが下図より読み取れます。
この例を踏まえるまでもなく、プロジェクト単位での活動でも、ビジョンやそれに類するような活動の「目的」そのものを明確化しておくことは不可欠です。にもかかわらず、プロジェクト単位で活動を見ていると、目的そのものが欠落したまま実務が進んでいる様子をよく見かけます。
この点についてのは、本稿の【1-1. 失敗する提案の典型的パターン】で述べたとおり、万能な処方箋はありません。とにかく課題解決の「目的を定める」ことを強く意識し、協議し、言語化するしかないでしょう。
この点、「目的」のような影響範囲の大きいテーマを議論するために欠かせないのは、心理的安全性です。
目的を定めるということは、関係者のコミットメントを引き出すということです。つまり、「このプロジェクトを成功させるために、関係各位が最後までやり切る」という合意形成と同義だと考えて良いでしょう。そのためには、プロジェクト担当者だけでなく、関係者の方々からも考えや想い、懸念、不安などが十分に提示され、喧々諤々の協議の末、着地点を見出すというプロセスが絶対に必要です。これは、目的について議論すること自体の難しさをよく表していると言えるでしょう。
このような「腹を割って話す」という風土が醸成されていない組織でしばしば目の当たりにするのは、「言われたことを取り敢えずやっていれば、自分に責任はない」といった担当者のスタンスです。これは組織の心理的安全性が大きく損なわれている“アラート”です。私の経験上、目的が不明瞭なままプロジェクトが進んでいる組織ではこのようなスタンスが目立ちます。その理由として、私の仮説は「目的が無いことに違和感、やり辛さは常々感じつつも、それに対して意見を言えるような心理的安全性がない」ということです。
この仮説が妥当であれば、心理的安全性の低い環境では課題解決のスキルを身につける事自体が困難だ、と結論付けられるでしょう。個々のメンバーのレベルを高めるためには、育成投資と同等もしくはそれ以上に、心理的安全性の高い風土を醸成することが強く求められます。
2-3. 差分=課題:課題の目利きがプロジェクトの成否を決める
つづいて、課題及びその原因を特定するステップです。プロジェクトの成否を左右する、超重要な局面です。
このステップでは、「現状」と「将来像」の差分から「課題」を導出します。ここは、本稿の冒頭で示した図においては「思考」に該当します。
この際、課題の特定で大いに役立つのは、先程示した「業務フローを可視化した図」です。例えば、可視化した業務フローに、課題に関して考察した内容を下図のように直接書き記していきます。これらの課題の中から、特に重要だと考えられるものについて、その「原因」を詳細に分析していきます。
この点、特定した原因について、それを解決した際のインパクトを評価する手法の例として、KPIツリー設計及びIssueツリー設計があります。
まず、プロジェクトを通じて寄与する経営指標、各担当者が責任を持つ指標及び目標値、さらに目標達成のために実行する施策について、以下のようにKPIを設計して整理します。当然ながら、KPI設計は業務・現場に関する十分な理解が前提となります。この点、詳細は拙著『DXの実務』(英治出版、2022年)やダイヤモンド・オンラインに寄稿している【連載第6回:DXの具体的実務…KPIの落とし込み】をご参照ください。
そして、各KPIを高めるための施策を考案する際は、以下のような「Issueツリー」を作り、そもそもKPIが高まらない「原因」を考察する必要があります。
この考察の際に用いる情報こそが、現状整理のステップで収集した業界・業務・現場に関する情報です。それらの情報をもとに、いわゆるロジカルシンキングを駆使してイシューを特定します。
こうして考えてみると、【1-2. 提案を作る上で重要な“心構え”】でも述べた通り、情報の量と質がプロジェクトの質に直結することは、明白だと言えます。
2-4. プロジェクトの起案:課題解決に必要な総合力が試される
いよいよ大詰めです。ここでは、プロジェクトを起案するための総合的な考察が求められます。
このステップは、以下の図においては「意見の提示」に該当する取り組みです。
ここでは、情報収集や考察を繰り返す中で案出した内容を的確に伝えるために、多彩なスキルが試されます。例えば、プロジェクトを実際に起案する際は少なくとも以下のような観点を整理して、意見として提示することになるでしょう。
- プロジェクトの目的:
このプロジェクトが、どのような課題を解決し、どのような成果をもたらすものなのか、明確な説明が求められる。 - 課題解決のインパクト:
売上増加やコスト削減など、何らかの経営指標に対してどの程度の効果が見込めるかを定量的・定性的に評価することが求められる。 - 課題解決の実現可能性:
そもそも、その課題を解決することが可能かどうか、組織内外のアセットを踏まえて評価することが求められる。 - 必要となる体制:
プロジェクト進捗報告のレポートライン、参画メンバー、各メンバーが担当するタスクなど、必要となるプロジェクト推進体制を明示することが求められる。 - 必要となる予算:
プロジェクトに使える金額がいくらか。データ分析環境の構築、システム開発などが必要となる場合、通常は予算を投じる根拠として費用対効果の提出が求められる。 - 必要となる期間:
いつまでに成果を出すか。社内の他の取り組みや事業計画などを踏まえ、妥当な期間を明示し、それまでにプロジェクトを完了させることが求められる。例えば、WBS(Work Breakdown Structure)などの計画表を設計し、提示する必要がある。 - プロジェクト実施によるリスク:
プロジェクトメンバーが抱える他の業務への影響、社外への情報漏えいなどのセキュリティ面での影響など、プロジェクト実施によって想定される経営リスクの精査が求められる。
これらを遂行するには、情報を整理して課題を特定する力だけでなく、提案内容を適切な枠組みで構成する力、本プロジェクトの価値を相手に伝える力、関係者の協力を得るための力、プロジェクト計画を周到に設計する力、…などなど、実に多彩な力が要求されます。しかも、これはまだ課題解決を実現していない、「プロジェクトの起案段階」です。本当に大変な実務は、この先に待ち受けています。
だから、本稿の【はじめに】で述べた通り、「課題解決スキルは、そう簡単に身につくものではない」のです。
読書や座学“だけ”で、ここまでのスキルを体得できるはずがありません。読書や座学で得た内容を、実践を通じて体得していくこと以外、方法はないと思います。一方で、体得できないことに悩んだり、自分を責めるようなことは、全くもって不要です。とにかく気長に、根気よく取り組んでいくことが何よりも大事です。一つ一つ、着実に身に着けていきましょう。
プロジェクトの企画・推進に必要なスキルを網羅的に整理しているのはPMBOKなどのフレームワークが代表的ですが、重要なのは、そういったフレームワークを闇雲に利用して何となく情報を整理するのではなく、何が必要なのかを徹頭徹尾、考え抜くことです。プロジェクトの全体像から詳細に至るまで、明確に説明を尽くせるまで情報収集・整理と思考を積み上げてはじめて、自信を持ってプロジェクトを起案できる状態になると思います。
おわりに
本稿では、課題解決に求められるスキルについて、「プロジェクトを起案する」という具体的な状況を設定しながら解説しました。
本稿で何度も述べた通り、課題解決のスキルは、習得困難なスキルの筆頭に挙げられると私は考えています。
研修やOJTでも、「身に付いているのか、いまいち自信が持てない」というご相談をしばしば頂くのですが、それは仕方のないことであり、悩む必要すらないことだと思います。課題解決スキルに関する情報が溢れているため、取り掛かる事自体への敷居が下がった分、その難しさに直面する機会が増えた、とも言えるかもしれません。
課題解決スキルは習得に数年を要するスキルです。ですので、とにかく気長に、根気強く実践を繰り返せば良いと思います。焦ってどうにかなるものでもありません。気長に、気楽にいきましょう。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。皆さまの実務において、何かしらのヒントになれば幸いです。
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